ブルーノ・ムナーリ。

2019年はじめての展覧会は世田谷美術館で開催中の、”ブルーノ・ムナーリ 役に立たない機械をつくった男”を見に行ってきました。https://www.setagayaartmuseum.or.jp/ 

ムナーリは優れたデザイナーであり発明家でもあり教育家でもあり、様々な肩書をもつ簡単にカテゴライズできない人です。そんな彼の展示会はたくさん学ぶことや考えさせられることがあったので、得た情報をまとめるためにも、かなり細かい話になりますが、ブログにアップすることにしました。

まず、展覧会入ってすぐのムナーリの未来派から具体芸術運動の頃の作品は、理解するのが難しかった。ただ、「その形や色や動きが、それ以外の何ものも表していない」というムナーリの言葉にあるように、ものの本質、そのもの自体の魅力を感じて欲しいということなのかなと勝手に解釈。3色程で塗り分けられた正方形のキャンバスや、陰と陽についてのムナーリの考えを見ていたら、私は熊谷守一の作品を思い出しました。熊谷守一もまた陰と陽、光と影についての試行錯誤をしていて、結果的にざっくり言うと、色で影を代用した作品を生み出したのですが、詳しくはまた今度。

ムナーリは絵本作家としても活躍していましたが、作った絵本も視覚と感覚で楽しむ物が多い。物語を説明するために言葉の付属品として絵があるのではなく、紙をめくる行為によって言葉を必要とせずに物語の進行を理解するという考えや、手にしたものを自由に変化させることが重要とする考えは、具体芸術運動を子供でも気軽に触れ合う事ができるように工夫がされていると感じました。

誰でも簡単にアート作品を作り、アートは身近にあるべきというムナーリの考えのヒントになるような作品が多くありました。その中でも”直接の映写”というタイトルの作品を見ていたら、昔ファインアートのクラスで、骨や海藻の一部をすごい近さで観察しながらデッサンしていく、というなんとも奇抜な授業があって、それがとっても楽しかったことを思い出しました。なんであの時あんなに生き生きとデッサンに励んでいたのか思い返すと、近づかないと気が付かない凹凸や模様が、骨や海藻を全く違うモノに感じさせて、とても自分には新鮮に思えたから。新鮮に物事を捉えることの大切さと難しさを同時に痛感。

実はちょうど同じ日、古民藝もりたさんにお邪魔してあるお話を伺いました。お店にある、1メートル程ある長い藍染のネットが当時どのように使われていたのか分からなくて、今使うとしたら下の方に細長い花器を入れてネットの隙間から植物を覗かせる使い方がいいだろうというお話だったのだけど、これがとてもちょうどよかった。ムナーリが、化石や土器の破片から全体の像を推定する考古学の復元方法からアイディアを得て、”ムナーリの機械”の中の”怠け者のためのしっぽふり機”という実用とは程遠い機械を、コラージュの用法で設計しています。もりたさんもムナーリも見立てる力、連想力で新しい価値を作っていました。

ブルーノ・ムナーリの本は2冊読んだことがあって、なんとなく理解していたけど、彼がつくったものを実際に目にするとこはなかったので、更に理解が深まりました。これからの自分のためのヒントや新しい発見もあったな。

A